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出光美術館 《祈りのかたち展 仏教美術入門》の説明パネルが大変興味深かった話 ②

※ 記事内に商品プロモーションを含んでいます

出光美術館で見た六道に関する説明パネルが面白かったので、忘れないように書き留めておこうという取り組み第二弾です。

第一弾は↓こちらです。

 

 

仏教的なことに関し一般常識的なことも知らないもので、とても勉強になりました。え、そんなことも知らなかったの?という声が聞こえてきそうな気もしますが……。

今回は、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)ってどんなところ?という話を。

地獄

6つの中で最も悲惨な世界が地獄。

地下に存在する際限のない責め苦にさいなまれる場所。

地獄にも各種あり一般的なのが八大地獄と、その各々に付属する16個の小地獄。ほかに八寒地獄、孤地獄など。

八熱地獄…厚さを中心とした容赦ない責め苦を味わい続ける

小地獄…大地獄に付随する地獄

八寒地獄…極端な寒さによる地獄

孤地獄…ポツンと単独で存在する地獄

 

この説明パネルの前で、「どれも怖いけど、選べるならどこへ行くか?」という話をされている方々が。「寒いのはねぇ」「熱いのもねぇ」という話から、結局「どれも嫌よねぇ」というところに落ち着かれ、横で黙々とメモをとっていた私も心のなかで「ですねぇ」と相づちをうっておりました。

図録には各地獄の場所と規模、罪状、刑期、刑罰の内容が一覧表になってまして。等活地獄が一番軽い刑期で500年と書いてあって、ああ気が遠くなると思ったら。

500年の下に(✕四天王天の500年✕人間界の50年)という記載がありまして。

???

インターネットで調べてみたら、人間界の500年ではない、と。

ほうほう。じゃあ、人間界の日数になおしたら何年の刑期になるのかしら??と。

四天王天の暦では、1日=人間界の50年に相当

で、等活地獄の1日は四天王天の500年に相当

?????

どう計算したらいいかが分からなくて、もう30分以上悩みに悩んで

この場合の計算式としては、

50✕365✕500✕365✕500=1,665,312,500,000年になるんだろう、と。

一応、計算式の説明をさせていただくと

最初の50✕365は、人間の50年が四天王天の1日(365日)という意味で

次の✕500が、四天王天の暦で500年、という意味で

次の✕365が、四天王天の1日が等活地獄の1日にあたる、という意味で

最後の✕500が、等活地獄で500年という意味で。

こんがらがってきたーーー。

一番軽い刑期で 1兆年超えるんですけど、なんか、もう実感できるできないを越え過ぎててよくわからなくなっております。

一番重い刑期とか、もう絶対計算できない。

餓鬼道

飢えと乾きの苦しみの世界。地下にあると言われ糞尿や膿、供物のしずくに限られる。

もう、ここまで読んだだけで白目になる私。

しかしたとえ食物を得ても喉が細すぎて食物が通らないなど様々な理由から常に飢えと乾きにさいなまれる。

痩せてはいるが、腹だけが大きくふくらんだ姿をしている。

ああ、絵や本で見たことある姿。あれは飢餓道の人々だったのか。

畜生道

私たちのまわりにも見られる動物や鳥・魚などの世界。

もともとは海中にすみかがあったが、そのほかの世界にも拡がった。常に弱肉強食、死の恐怖にさいなまれるという苦しみを受け続ける。

修羅道

超越した力を備えた阿修羅の世界。

仏教世界の中心にそびえる須弥山付近にあるといわれ常に武勇の神である帝釈天の襲来の恐怖にさらされ、闘争が続いて戦闘に明け暮れ、一時の休息もない悲惨な世界。

……神様に襲来されるって、すごい話ですね。

人道

人生は天災や人災、病気や老化、死など苦しみの連続。

ただし、このような人間界のみ釈迦によって「悟りを得て輪廻のサイクルから解き放たれる」という教えが伝えられ、修業によってそれが実現する可能性がある。

なるほど、六道のなかで唯一輪廻サイクルから抜け出せるチャンスがあるのが私たちがいま生きている世界ですよ、と。修行して悟れれば、と。

私、メモをしながら少々混乱してしまい。

え!人道って、地獄の一種なの?!生きながらにして地獄!?とか分からないことを思ってしまったのですが。落ち着いて考えたら、それごっちゃになってたな、と。

天道 

天人の住む天上の世界。

さぞかし楽しく、極楽のような世界であろうと考えがちだが、それでも最終的には衰えと死が訪れる。天人といえども究極の死という苦しみを逃れられない。

天人も楽じゃないのか……。がっかり。

そして、この説明パネルをしめくくる一文が

このように6つの世界はいずれも苦しみの世界である。

まさに、仰る通りです、と。

 それらに比べるまでもなく極めて素晴らしい生まれ変わりの世界が極楽。

西方十億万土という、とてつもなく遠い彼方にあり、その救主が阿弥陀如来。

ここに生まれ変わった衆生には苦しみが一切なく、ただ諸々の楽しみを受けるとされる。

阿弥陀如来への信仰があるものは救われ、臨終のときにお迎えがくると信じられている。

もう、ここまで読んでると自分、もうこのサイクル延々と繰り返すしかないんだろうなとか落ち込んでいましたら。

『六道・十王図』という作品の説明パネルに

六道は本来横並びの世界ではない。

しかし、このように描かれることによって地獄などの苦界に生まれ変わっても、そのうちにもう一度人間世界、さらには天界や極楽に生まれ変わることが可能であるという希望を信者に与えようとしたのではないか。

信者ではないけれど、この一文に救われたような気がしました。

地獄の怖い話ばかりだけでは、恐怖から「それは信じない」と思いたくなるのが人間のような気が(あ、私だけか)。

そこで、希望を、たとえ次に六道のどこかに生まれ変わっても、その次、次と清く正しく生きていけば、いつかは抜け出せるかもしれない、みたいな希望を抱かせてくれる方が信じやすいというか、信じたくなるような。

別の場所には極楽の説明パネルがありまして。

極楽のすべては七宝でできている。

七宝…金・銀・瑠璃・珊瑚・琥珀・硨磲・瑪瑙

大地はとてつもなく広く、海山もなく平坦。四季がなく常にしのぎやすい。樹木は色彩と輝きに満ち、風が吹けば妙なる音をひびかせるという。

水浴のための浴池があり清浄なる水で満たされ甘露のように美味しい。池には七宝の砂が満ち美しいレンゲの花が咲き乱れる。水浴すれば心身ともに爽快となり煩悩を除く。

極楽に往生した者は清浄なる心身・妙なる音声・神通の功徳をそなえ居住する宮殿や衣服・飲食などの不自由は一切ない。

たとえば食べたいと思うだけで自然に満足する。

極楽へ行ったことがない僻みだと思いますが。

極楽って穏やかそうではあるけれど、こう、なんか、すべてが常に一定な感じというか苦しみや恐怖はないけれど。はい、行ったことがないので想像できないけれど、そうか、それが極楽というものなのか、と。なんじゃそりゃ。

六道、極楽に関する説明が、こんなにも丁寧にされていて、ようやくその概略を掴むことができました。

その他、如来・菩薩・観音様ごとに服装や持ち物を解説してあったりと仏教美術入門というとおり初心者にも大変分かりやすい解説が多かったのが印象的でした。

仙厓さんの作品も見られたし、他にも印象的な作品があったのでいつか感想を書きたいなぁ、と思う今日この頃です。