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ルーシー・リー鑑賞会③

※ 記事内に商品プロモーションを含んでいます

現在、千葉市美術館で開催中の【ルーシー・リー】展について学芸員の方からお話を聞く機会がありましたので、私が面白いな、と思った部分を書き起こしてみました。

ルーシー・リー鑑賞会もあります

「 」内は司会者の方、( )内は私の独り言や補足、何もカッコがついてない部分が学芸員の方のお話部分です。

読みやすいように語順を変えた部分もありますが、ほぼお話のままです。

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今回の(千葉市美術館での)展覧会なんですが、初期のウィーン時代のものと、形成期ということで1960年代の色々とルーシー・リーの技法とか、彼女らしい作風が揃うことに。

その後で、円熟期ということで、鉢と花器に特に絞っているんですけれども、いかにもルーシー・リーという作品が結構でてきます。

展覧会の見どころは、1つは新発見された学生時代の器。これはウィーンでの研究の成果なんですけれども。

あとは、ボタン。いっぱいでてます。来た方が「きゃあ♪」ていうほどのボタン。

「ボタンを見に行くためだけでも」

もうもう、ボタンだけでも。他も見て欲しいですけれども(と笑ってらっしゃいました)

あとは、皆さんに聞いてみたいんですけれども。

日本人が好きなルーシー・リーっていうのを今回考えられるのかな、といいますのも前の展覧会から5年経って国内のコレクターの方もたぶん増えて。今回の展示でも、国内の方からいくつもお借りしてるんですが。

日本に入ってくる作品とか、なぜこんなに日本人に好かれるのかを考えられたら面白いな、と思っています。

(ルーシー・リーの作品を)普段使いされる方は少ないかもしれないけれどお茶会に使われたりとか、料理研究家の方が結構お料理盛ったりして・・・

「鉢とか花器って言い方するのは、それはルーシー・リーが自分の作品に対して何と名付けているんですか?ボールとか?」

Bowlとか、Vaseとか。

今回の展覧会で私が凄いビックリしたのは、素人のビックリなんですけれど作品が漢字ばっかり、というのに驚いたんです。

例えば、茶釉花器とか線模花器とか。まぁ、驚かれない方もいるかもしれないんですがヨーロッパの工芸品で漢字ばっかり、すごく日本のものっぽい顔をして、そこに並んでいる訳ですね。

つまり日本で、そうゆうものがある、お茶の道具とか器もの、茶碗とかであるものにあてはめて、と言ったら変ですけれども、その形で受け入れられているのかな、ということを凄く感じて。

例えば、雑誌とかでルーシー・リーの鉢を茶碗と普通に呼んでらっしゃったり。ルーシー・リーは、茶碗としては作ってないだろうな、と思いながら、でも何の違和感もなくそうゆう風に使われている、というのがすごく面白いなと思って見てました。

「ボタンは今回、何個ぐらいでてるんですか?」

(ボタンを入れているケースは)普段、絵巻物を入れているケースなんですけれどもこの箱が10ケース・・・

(ここで美術館関係者の方から)「970個」という声が。

(確かに、展覧会で見たとき壮観でした。何度も、何度もケースをグルグルみて歩いてしまいました。)

「それにしても、ずいぶん作りましたよね。こんなに需要があったんですねボタン」

そうですね、戦後にかけてオートクチュールの生地に合わせて作る。

「この生地に合う、こうゆうボタンを」と言われて作ってったらしいんですけれどもぴったりの色を出すというのが、ルーシー・リーの腕だったんでしょうね。

シンプルな(形の)ものは型抜きをしているんですけれども、型抜きをするのが本当に嫌だったみたいでアシスタントにやってもらってたみたいで。

それで何人も、同じようにヨーロッパから逃げてきた人たちを使っていた、という話で。

ボタンは本当に綺麗で、ボタンと思わない人もいてブローチと思う人も。形が面白いものもあるし、シンプルな形で色んなグラデーション、色んな色が合ってこれは是非是非見ていただきたいですね。

なぜ、今回新発見の作品が出てきたのか?というと、ルーシー・リーが通っていた学校が今のオーストリア応用美術・現代美術館の前身の博物館の付属の学校だったらしく卒業生の作品として残っていたらしいんです。

「芸大とかにも、よくある」

そうなんです。近年の展覧会で、ルーシー・リーがだんだん評価されてきて「卒業生ならばあるはずだ」と調べたときに、最初は見つからなかったんだけれど、結婚前の名字で調べたらあった、と。

「これは、今回の見どころの1つ?」

見どころですね。華やかなものとは全然違うんですけれども、なかなか見られないですよね。

ガラス工房のビミニ社、ウィーン時代からの知り合いフリッツ・ランプルの仕事を手伝う形で(ボタン作りを)始めたんですけれども。最初はガラスのボタンだったのが、陶製のボタンを作るように。

ルーシー・リーといえば、”掻き落とし”みたいなイメージがあると思うんです。あと、チョコレート色のマンガン釉という色。非常にシンプルなんだけれど、(線を)フリーハンドでひいていって。面白いですよね。

ルーシー・リーの作品を再現されている小山さん(小山耕一氏・陶芸家)の話だと、”掻き落とし”というのは針のような棒で、釉薬のかかってない部分は刃物でやったのではないかと仰ってました。もともと”掻き落とし”は、金属の編み針でやってみたんじゃないか、と。

掻き落としたところに色土を埋め込むのが”象嵌”で。

この作品は外側が掻き落としになっていて、茶色くマンガン釉をかけたところをひっかいて格子状に落としている、線が出ているんですけれども。

内側は、もともとの地の部分、何も塗ってないところを描き落とすというか線を引く。その線のところに色を埋め込む、という”象嵌”。

日本の工芸品でも、よく象嵌って出てきますけれども、その象嵌ですね。

基本的には、この2通りのパターンを使って。本当に色んな作品に使われています。

あとは溶岩釉ですけど。

(実際スライドで使われていたものは、どの器だったか忘れてしまったのですがイメージしやすいように、溶岩釉の作品の写真を載せてみました)

これも1960年代ごろから試みられると言われていますが、ウィーン時代にも結構沢山こうゆうのを作っています。

作り方が若干違うようなんですけれども、こうゆうテクスチャが好きだったんじゃないかと思います。

「これって日本でも茶人が”かいらぎ”といってイボイボを出すのに苦労したりだとか、萩の凸凹したのを皆目指していたんですよね。だから、東洋でも西洋でも意外と目指すところが、こうゆう凸凹なんだなぁって。ちょっと面白いですよね」

陶芸をやる人というのは、釉薬でどう変化するか興味があるんだと思うんですよね。

これはシリコンカーバイトを加えてとか色々あって、焼いたときに爆発する効果が出る。それで気泡上の物が出てくるんですけれども、これも色々な作品に出てきます。

1970年代以降になってくると、ぽつぽつ穴が開いていて、もうちょっと繊細な表面になっていく。

~スパイラル技法について~

(こちらも、実際スライドで使われていたものは、どの器だったか忘れてしまったのですがイメージしやすいようにスパイラル作品の写真を載せてみました)

これは模様を描いたわけではなくて、土に色を付けて、”ろくろ”でひき上げていくときにスパイラル状に模様ができる、そうゆう作り方なんです。

あと、ちなみに、これはいくつか(パーツに)分かれて作られていて、途中でつないであるんですね。つなぎ目が見えなかったり、うま~くつないであるんですけれども。

この間聞いた話だと、スパイラルの模様が日本の”ろくろ”とは逆さ向きだね、と製作者の方は仰っていて、ヨーロッパの”ろくろ”は左回りなんですよ、と。

「これは古代ガラスのオリエント(?)の形と、あとザラザラとか、ガラスの溶けたスパイラルになってる感じと、結構オマージュ的になってる感じがしますけれど・・・」

そうかもしれないですね。色んなバリエーションが。

(スライドに使われていた器は)お腹膨らんでいる感じのものですけどもうちょっとシャープなものもありますし、上も綺麗なラッパ状になっているものもあれば、ちょっと歪みをわざとつけているものもあったりして。

「これもリチャード・アッテンボローのドキュメンタリーに、ちょうど首をくっつけるシーンが出てきて面白いですよね」

つくの?みたいな感じで見ていて。つくんですよねぇ。

あとは、ブロンズ釉。

(すみません、これも実際のスライドで使われた作品ではないかもしれません)

ブロンズ釉は晩年よく出てきますし、この(釉薬の)かかり具合のバリエーションが今回の展覧会でも、これでもか!ってぐらいブロンズ釉がかかったものが並んでいるんですがやはり1つとして同じものはなくて、すごく垂れているものもあれば・・・

ブロンズ釉自体は、すごく不安定なものと言われているんですけど。

「日本人は、なかなかブロンズと青の組み合わせはしないと思うんですけれども」

(はい、こちらもイメージとして作品を載せてみました)

この青と言うのも、また凄い色ですよね。スライドになってしまうとあれですけれど妙な透明感があって。なかなか、この色は同じようには再現できないという言い方をされてましたけれど。

ルーシー・リーといえば、青という風に言われる方も多いですね。

円熟期になると鮮やかな色がいっぱい、黄色とか、緑とかでてきます。あとは白いものも出てくるんですけどね。

日本で、なぜこんなにルーシー・リーが(受け入れられているのか)というのが今回のテーマなんですけれど。

日本的な文脈、お茶の文化も含めた文脈の中に、すんなり入ってくるというのが1つあると思うんですね。

今回お借りした作品の中で、個人でお持ちの物とかでお茶の道具に蓋が付いているんですけれども、もともとは恐らくルーシー・リーの花器に、ぴったりの蓋を誂えている方が。

お借りした箱に(蓋が)入っていたんですね。大きな鉢に漆の蓋をつけて、ボタンが一緒に入っていたんです。ルーシー・リーのボタンが。それを蓋につけて使うんだと思うんですけれども。

そうやってカスタマイズと言ったら変ですけれども自分の手元で使うというか、そういった形で手にされているというのがあって。

外国のものとして飾っておく、というよりは自分の日常と言ったら変ですけれども、空間の中に受け入れているんだろうなぁ、というのが分かってすごく面白かったです。

丁度いいんでしょうね。手にしたら、これお茶になんて丁度いいんだろうという。そうゆうことなんだろうし、実際にお茶点てたんだな、という。実際にお茶会をやってらっしゃる方もいますよね。

そうゆう意味では、すごく(日本人に)受け入れられやすかったのかな、というのがあるのと、もう1つは、色の感覚が私は日本の、まぁ、いろんな方いらっしゃいますけれども、日本の感覚にちょっと近いのかな、と。美意識と言うか。すごく近しいものを感じて。だからこそ、これだけ受け入れられているのかな、と。

展示室で見ていても、「あぁ、これいいわね」とか「私これがいいわ」とか。たぶん皆さん、脳内で自分の手で持っている感覚なんだと思うんですけれども。

「特に西洋の磁器って歪みを嫌うっていうか。完全シンメトリーの世界ですけれども。 ルーシー・リーは、わざとそれを曲げているっていう。しかも、映像見て面白かったんですけれども思いっきりグシャっと曲げてるという」

え!みたいな。

「こんな雑に曲げてるんだ!って逆にショックだったんですけれども」

あれだけ綺麗に作っておいて曲げるんですよね

「そこが日本人にグっとくるところなのかな、という気がするんですけれど」

そうかもしれないですね。

(ここで学芸員さんから、ルーシー・リーの器を扱う会社の方へ質問が)

日本でルーシー・リーの作品を紹介されている訳ですが、日本で紹介するにあたって日本で好まれる傾向とかってありますか?

『たぶん、海外と日本での焼き物に対する一番の違いって、手に取って、手の上で愉しむということだと思うんです。向こうでは絶対器っていうのは持ち上げたりしないので。日本では杯であったり、お茶碗であったり、実際自分の手の上で愉しめるものという物に非常に親近感を。ちょっと小さいもので、色が綺麗なものとか、細工がしてあるものが好まれますね』

『今回はミニカップが、あれを皆さん杯として集められたりとか』

今回の展覧会、やはり小さいものが多いんですね。

ルーシー・リー大きいものも実は作ってはいるんですけれども、たぶん国内ではなかなか。

『彼女は小柄な方だったので、そんな大きな作品よりは少し小さめの方が実際、魅力のあるものが多いことは多いです』

小さい方が高いって聞いたんですけれども・・・

『まぁ、それは、日本は・・・独特なマーケティングが・・・』

それは冗談としても。

日本人の身体感覚というか部屋の大きさも含めてやっぱり合うんでしょうね。

「今、相場的に一番評価が高いもので、ざっくり車でいうと・・・高級車一台分ぐらいですか?」

『そうですねぇ、えぇ~、外車の上のクラスの・・・』

「最初、3点(ルーシー・リーの器を)お借りできるって聞いて3点でも緊張したのに、色々交渉して5点借りられるって、どうしよう!って。万が一、ここに強盗が入ってきたりしたら、どうしたらいいんだろう、って。告知もしない方がいいかな、って。なるべく密やかにしなきゃなってドキドキしてたんですけど」

『展覧会ですとガラス越しでしか見られないことが多いので、こうゆう機会ですから、まぁ少しでも近くで見ていただければ、と』

そうですよね。そこがたぶん、一番大きなところだと思うんです。

監修の金子さんに話を伺った時に、「前の展覧会と合わせて私は200?350点触っている」と。やっぱり、それで分かることがある、という話だったんですね。

手に取るというのは、なかなか難しいことなんだけれども陶芸は展示室で、しかも後ろが壁になっているようなところに置かれてしまうと本当に分からない。

上からケースがかかっていたりすると、実際の肌合いとか、本当は手に持った感覚とかそういったことが一番大事なんだと思うんですけれども。

今回、ケースなしで見られるというのは非常に素晴らしいことだなぁ、と思いますね。

以上、ここまでが学芸員さんからのお話で。

これ以降は、いよいよルーシー・リーの作品に直接触れる鑑賞会へと突入しました。

その時の写真は、また後日にでも・・・

長々お付き合いいただき、ありがとうございました。

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