今年7月中旬の話ですが。
映画館で『フィレンツェ メディチ家の至宝 ウフィツィ美術館』という
3D作品を観まして。
メディチ家の歴史などをロレンツォ・デ・メディチ氏自身が語りながら
話が進んでいく、という斬新な作品でございました。
しかも、メディチ氏が現代のスーツ姿だった、という。
そこが妙に私の中ではヒットでして。そうか、スーツか、と。
ま、それはさておき。
そうだ、あの展覧会も行かなくては!と、映画鑑賞後に向かったのは
看板が想像以上に大きくて、フレームに入りきっていないという。
2016年6月25日~8月28日までミケランジェロ展が開催されて
いたのです。
閉館時間まで、約一時間半。
たぶん、大丈夫だろう。
出品数も70点ちょいだし。うん。
と思っていたのが、案の定いつも通りに読みが甘かった、と。
その要因の1つが、こちらをご覧ください。
映像関係だけで、約25分。
とりあえず展示作品を最後まで見まして、その後は”蛍の光”が流れる中、
ギリギリまで映像を見て回ったのですが。
いかんせん、全部は見られませんでした。無念。
それにしても、こんなにも映像があるとはありがたいことです。
建物の映像や写真があると実際の大きさも理解しやすいので。
さすがに建物や、天井画はもってこられないですしねぇ。
習作の横に、壁画のどの作品になったか実物大の写真パネルが展示して
あったり、
壁一面がシスティーナ礼拝堂壁画の写真パネルになっていたり。
実際の壁画は、このパネルの約4倍と書いてあって目が丸くなりました。
ミケランジェロが天井画を描く前の天井の模様が分かるリトグラフも
展示されていました。
どうやら伝統的な星空模様だったとのこと。
星空ということは、あまり明るくなかったように思われるのですが
そこからミケランジェロの色使いで、さぞ明るくなっただろうなぁ、とか。
出品リストにも嬉しい説明が載ってまして。
システィーナ礼拝堂天井画の配置図と制作年代が書き込まれた図や、
壁画《最後の審判》の場面の説明が添えられていて、
なるほど、こうゆう構図なんだな、と分かりやすかったです。
天井画を描くのが至難の業で、上から落ちてくる絵具や、描く姿勢について
苦労したという噂(!)は聞いたことがあったのですが、
今回の展示では本人による裏付けがとれました!!
ミュージアムショップで購入した絵はがきなのですが、右下部分のイラストを
拡大いたしますと
システィーナ礼拝堂の天井画を描いている自画像だそうで。
友人にあてた手紙に添えられており、絵具が顔にしたたり落ちてくること、
弓のように反り返った姿勢で描き続けることなどが書いてあるそうです。
図録の説明によりますと、大半は立ちながら、時には足場の上で寝そべって
描くこともあり、それが4年近く続いたとか。
後年、その後遺症で目の機能障害が起きていたとも。
うーん、その過酷な仕事さえなければ、もっともっと彼は良い仕事ができたんじゃ
ないかと思ってみたり、反対にそれがあったからこそ得たものを
後年の仕事に生かせたのかな、とか、いやいや、でも体を壊すほどの、
いやいやいや、それでも彼の代表作と言える作品ができたわけで、
とか私の頭の中で何やら騒がしいのでありました。
それにしても、天井部分に描かれているウサギのようなイラストが
ちょっと可愛くて。一体、どの部分を描いているときのミケランジェロ
なんだろうかと。
話は飛びますが。
素描画が権力者や美術愛好家、画家たちにとっても手に入れたい収集の的だった、
と説明にありましたが。
深く納得。
私も欲しいです(無理は承知で一応書いてみました)。
絵が描けるって素晴らしいなぁ、羨ましいなぁ。
自分の素描に価値があることを知っていたようで、弟子が資金を得られるよう
素描を与えたこともあったそうです。うう、親方優しい。
ただ素描の大部分は、晩年ミケランジェロ自身が処理してしまったとか。
も、もったいない。
ご本人としては、未完というか制作過程のものを残したくなかったので
ありましょうか。
あと興味深かった説明は、ミケランジェロは女性を描くときに
男性モデルから素描し、それから実際の作品を完成させるまでの間に
女性へ置き換えることが多かった、と。ふーむ。
なんだか面白い手法だなぁ、と。
左:ラウレンツィアーナ図書館
右:サン・ロレンツォ聖堂新聖具室
美しい。流れるような美しさ。
図書館内の閲覧室の図面、計画図面も好きでした。
図書館の全体模型1/100と、玄関室模型1/20も展示してありまして
模型欲しいなぁ、これ貰えないかなぁと(えぇ無理は承知で書いてみました)。
ミケランジェロは絵も描けて、彫像も素晴らしくて、建築だって
できちゃって。なんか不得意な分野はないんだろうか。
天才ってすごいなぁ、としみじみ思いつつ展示室をあとにしました。
ミュージアムショップで図録を購入。
詳しい説明が載っていて、読み応え十分、十二分にあります。
最後の方に関連年表が載っているのですが、もうこれだけ読んでても面白くて。
いや、面白いというのも大変失礼なんですが。
社会情勢もあったとはいえ、年表に出奔という文字が1回、逃亡という文字が
3回出てくる方って、なかなかないんじゃないかと。
それにしても、教皇との関係性も大変だったんだなぁ、と。
才能があるとはいえ、自分の好きなものだけを作っていればいいわけでも
なくて。
教皇ユリウス2世から教皇の墓を作るよう命じられ、ヤル気満々で作り始めたら、
教皇の関心が遠のいてしまい作業中断になったり。
命じておきながら関心が遠のくって!
このお墓の件では「自分の墓のほうが教皇の墓よりも先に立つに違いない」と
ミケランジェロが言ったとか言わないとか。
さぞいろいろ苦労があったのでありましょう。
天才とはいえ、なんでも人生順風満帆って訳ではないのですね。
うむ、確かにこの肖像画のようにお疲れだったのかも??
マルチェッロ・ヴェヌスティに帰属 《ミケランジェロの肖像》
それにしても、絵と額縁のギャップが激しいような気がするのは
私だけでしょうか。
17世紀にフィレンツェの職人さんが作った額縁とのこと。
ヴァザーリに「神のごとき」と言われた人だから、神々しく!
ということなんでしょうか(たぶん違う)。
長くなりましたが、最後に1つ。
この展覧会でジョルジョ・ヴァザーリの書いた『美術家列伝』の本物を
見ることができたのも嬉しかったです。
出品リストに書いてるとおり正確に書きますと
美術家列伝(著名画家・彫刻家・建築家列伝)。
これが、ルネサンス期の展覧会などで説明にたびたび出てくる本なのか!と。
もちろん私には読めないんですが、読めないんですが、なんだか嬉しくなって
しまったという。
そうだ、この本も欲しいんだった。
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イタリアへ行くことがあったら、ウフィツィ美術館とミケランジェロが
手がけた建物巡りをしたい、と夢を見ている今日この頃です。